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title: 菱田春草と朦朧体（もうろうたい）とは｜輪郭線を引かずに空気を描いた日本画
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# 菱田春草と朦朧体（もうろうたい）とは｜輪郭線を引かずに空気を描いた日本画

朦朧体とは、明治後期に横山大観と菱田春草が始めた、輪郭線を用いない日本画の描き方。《微笑》《帰漁》《紅葉山水》《春秋の滝》など春草の作品で、線から朦朧体、その先への変化をたどります。

2026.10.02

![菱田春草《暮色図》の部分。夕暮れの空のぼかしの中に裸木が並び、枝に1羽の鴉がとまっている](https://www.sumieart.art/hubfs/featured_1200x630.jpg)

菱田春草《暮色図》の部分。夕暮れの空のぼかしの中に裸木が並び、枝に1羽の鴉がとまっている

朦朧体（もうろうたい）は、明治後期に横山大観と菱田春草（ひしだしゅんそう）が始めた、輪郭線を用いない日本画の描き方です。色のぼかしで、空気や光を表そうとしました。輪郭のはっきりしない画面は当時、悪評を受け、「朦朧体」という呼び名もそこから生まれました。

この記事では、菱田春草の作品を時期の順に並べ、線で描いていた頃から朦朧体、さらにその先へと進んだ変化をたどります。輪郭線を引かずにぼかしや濃淡で描くという考え方は、水墨画にも通じます。

この記事で分かること。

- 朦朧体とは何か、なぜそう呼ばれたのか
- 菱田春草がどんな画家だったか
- 作品で見る、線で描いた頃から朦朧体、最晩年までの変化
- 水墨画を描く人が、朦朧体から受け取れること

（アイキャッチ：菱田春草《暮色図》部分 京都国立博物館蔵／出典：[ColBase](https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/A%E7%94%B2319)。ColBase の画像をトリミングして作成）

## 朦朧体とは｜輪郭線を引かず、色のぼかしで空気や光を描いた日本画

[コトバンク](https://kotobank.jp/word/%E6%9C%A6%E6%9C%A7%E4%BD%93-645080)に収められた辞典は、朦朧体を次のように説明しています。

- デジタル大辞泉：横山大観・菱田春草らが明治後半期に試みた日本画の技法で、輪郭をぼかして描くもの
- 精選版 日本国語大辞典：特に、明治後期に横山大観と菱田春草が、岡倉天心に促されて始めた日本画の没線描法をいうことがある

没線描法とは、輪郭の線を引かない描き方のことです。愛知県美術館の作品解説によれば、朦朧体は色面のぼかしを多く使うため、光の広がりや湿った空気を表すのに向いていて、朝夕の情景や水辺の情景が好んで描かれました。

### 「朦朧体」という名前｜悪評から生まれた呼び名

精選版 日本国語大辞典によれば、「朦朧体」はもともと、詩歌などで意味がはっきりしないもの、絵画で輪郭がはっきりしないものを指す言葉です。世界大百科事典は、輪郭線を用いず色彩を主とした新しい画風が「朦朧体」の悪評を受けたと記しています。東京富士美術館の作家解説も、春草が「没線描法」の作品を発表すると、世間から「朦朧体」と揶揄されたと紹介しています。いまでは美術の用語として使われていますが、もともとは批判の言葉でした。

### 没骨法との共通点

輪郭線を引かずに形を表すという点で、朦朧体は東洋画の技法「没骨法（もっこつほう）」と通じるところがあります。朦朧体の表現を没骨描法と説明する美術館の解説（[福井県立美術館による横山大観《杜鵑》の解説](https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/592116)）もあります。ただし没骨法は中国で古くから使われてきた技法で、朦朧体は明治の日本画の新しい試みです。同じものと考えず、共通する考え方として見るとよいでしょう。没骨法そのものは[没骨法とは](https://www.sumieart.art/blog/mokkotsuho-meaning)で詳しく解説しています。

## 菱田春草とは｜37歳で亡くなった明治の日本画家

東京富士美術館の作家解説をもとに、春草の歩みを短くまとめます。

### 東京美術学校から日本美術院へ

菱田春草は1874年、長野に生まれました。17歳で上京し、東京美術学校に入学します。卒業制作《寡婦と孤児》（東京藝術大学大学美術館蔵）は最高点を得ました。明治31年（1898）、岡倉天心を排斥する動きを受けて、横山大観らとともに東京美術学校を離れ、日本美術院の創設に加わります。没線描法の作品を発表したのは、この後のことです。

### インド・アメリカ・ヨーロッパと五浦

明治36年（1903）から2年ほどかけて、大観とともにインド、アメリカ、ヨーロッパを巡り、各地で作品展を開きました。福井県立美術館の作品解説によれば、線描を重んじる日本の鑑賞界では朦朧体と揶揄されて不評だったこの表現は、アメリカで開いた展覧会では好意的に迎えられ、多くの作品が売れたといいます。帰国後は、日本美術院が五浦（いづら）に移るのに伴って、同地に移ります。明治41年（1908）に眼病を患って東京に戻り、一時持ち直したあと、文展に《落葉》《黒き猫》を出品しました。明治44年（1911）、37歳で亡くなっています。

## 線で描いていた頃｜《微笑》（1897）

![菱田春草《微笑》。中央の台座に座る釈迦が右手に小さな花を持ち、左右に弟子たちが並んでいる](https://www.sumieart.art/hs-fs/hubfs/misho_tnm_3000x1591.jpg?width=3000&height=1591&name=misho_tnm_3000x1591.jpg)

（図：菱田春草《微笑》 明治30年（1897） 絹本着色 東京国立博物館蔵／出典：[ColBase](https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-163)）

《微笑》は、日本美術院の創設より前、明治30年（1897）の作品です。釈迦が華をひねって示したとき、弟子の大迦葉（だいかしょう）だけがその意味を理解して微笑したという、師から弟子へ心で伝える「以心伝心」の逸話を描いています。

ColBase の解説によれば、若き春草は岡倉天心の世界観にも影響を受けながら、線描を主体とする伝統的な技法で、この厳かな場面を描きました。台座の上に座る釈迦が右手に小さな花を持ち、左右に弟子たちが並びます。人物の形は、輪郭線でしっかりと描かれています。朦朧体の作品と見比べると、その違いがよく分かります。

## 朦朧体の作品を見る｜《帰漁》と、あわせて見たい《暮色図》

### 《帰漁》（1901）｜人物は薄い線、水と空は線なし

![菱田春草《帰漁》。夕暮れの水辺を、漁を終えた3人が家路へ向かう。水面と葦の茂みは輪郭線を引かず、色のぼかしで描かれている](https://www.sumieart.art/hs-fs/hubfs/kigyo_tfam_950x2208.jpg?width=301&height=699&name=kigyo_tfam_950x2208.jpg)

（図：菱田春草《帰漁》 明治34年（1901） 絹本着色 東京富士美術館蔵／出典：[東京富士美術館収蔵品データベース](https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/06533/)）

空が茜色に染まるなか、1日の漁を終えた3人が家路につく場面です。東京富士美術館の解説によれば、手前の人物は薄い輪郭線で描かれていますが、水面や葦の茂み、空には輪郭線が見当たりません。空の色を映した水面の表現が、夕暮れの静かなひとときを演出しています。

同館の解説は、春草がこの作品の前年ごろから没線描法を試み始め、特にこの描法に向いた水辺の画題に関心を示したとしています。

### あわせて見たい《暮色図》｜夕暮れの空に裸木と1羽の鴉

![菱田春草《暮色図》。夕暮れの空と水辺に裸木が立ち並び、枝に1羽の鴉がとまっている](https://www.sumieart.art/hs-fs/hubfs/boshokuzu_kyohaku_1743x3000.jpg?width=318&height=547&name=boshokuzu_kyohaku_1743x3000.jpg)

（図：菱田春草《暮色図》 明治時代 京都国立博物館蔵／出典：[ColBase](https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/A%E7%94%B2319)）

京都国立博物館の《暮色図》は、夕暮れの空と水辺を色のぼかしで表し、そこに裸木を並べて、枝に1羽の鴉をとまらせた作品です。ColBase には制作年の詳しい記載や解説が無く、朦朧体の作品かどうかも示されていません。ここでは画面から見えることだけを書きます。

細い枝が重なる木立の向こうに、境目のない空の色が広がっています。朦朧体で好んで描かれたという朝夕・水辺の情景と見比べながら、春草が夕暮れの空気をどう表したかを味わいたい一枚です。

## 弱点と工夫、そして最晩年へ｜《紅葉山水》《春秋の滝》と代表作

### 《紅葉山水》（1908年頃）｜岩肌は細かな筆触と墨の濃淡で

![菱田春草《紅葉山水》。紅葉した木々に囲まれた岩壁から滝が落ち、滝壷の水面はぼかしで描かれている](https://www.sumieart.art/hs-fs/hubfs/koyo_sansui_apmoa_507x1200.jpg?width=250&height=592&name=koyo_sansui_apmoa_507x1200.jpg)

（図：菱田春草《紅葉山水》 1908年頃 絹本着色 愛知県美術館／[作品ページ](https://jmapps.ne.jp/apmoa/det.html?data_id=9982)）

ぼかしを多く使う朦朧体は、空気や光を表すのに向く一方で、大きな岩の立体感や実在感を表すのは得意ではありませんでした。愛知県美術館の解説によれば、春草はその弱点を補う工夫として、点描のような筆触を試みるようになります。《紅葉山水》はその代表的な作例です。

滝壷の波立つ水面は朦朧体のぼかしで表し、滝が落ちる大きな岩肌は、細かな筆触と墨の濃淡を重ねて立体感を出しています。そこに紅葉した木々が丁寧に描かれています。ぼかしだけでは表しにくいものを、筆触と墨の濃淡で補った作品として見ると、春草の工夫がよく分かります。

### 《春秋の滝》（1909）｜輪郭線のない滝と、はっきりした色

![菱田春草《春秋の滝》の左幅と右幅を並べた図。左幅は赤く色づいた楓、右幅は桜を配し、どちらも岩を伝って一筋の滝が落ちる。滝の流れに輪郭線は無い](https://www.sumieart.art/hs-fs/hubfs/shunju-12.jpg?width=521&height=675&name=shunju-12.jpg)

 

（図：菱田春草《春秋の滝》 明治42年（1909） 絹本着色 双幅 東京富士美術館蔵　左：左幅（楓）・右：右幅（桜）／出典：[東京富士美術館収蔵品データベース](https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/06620/)）

《春秋の滝》は、右幅に咲き誇る桜、左幅に散りゆく楓を配し、それぞれ岩を伝って落ちる一筋の滝を描いた双幅（2幅で一組）です。東京富士美術館の解説によれば、滝の流れに輪郭線は見られず、「朦朧体」と揶揄された没線描法の成果が表れています。

その一方で、桜や楓のはっきりした色彩や、ブロックのような幾何学的な岩肌の描き方は、この頃の春草が取り組んでいた、没線描法から抜け出す試みを示しているといいます。眼病を発病したあと、一時持ち直した短い期間に描かれた、最晩年の作品です。

### 代表作《落葉》《黒き猫》

春草の代表作として知られるのが、《落葉》と《黒き猫》です。どちらも文展に出品されました。

| 作品 | 年 | 品質形状 | 所蔵 | 指定 |
| --- | --- | --- | --- | --- |
| 落葉 | 明治42年（1909） | 紙本著色・六曲屏風一双 | 公益財団法人永青文庫 | 重要文化財 |
| 黒き猫 | 明治43年（1910） | 絹本著色・1幅 | 公益財団法人永青文庫 | 重要文化財 |

この記事では画像を載せていません。作品の情報は、文化遺産オンラインの[《落葉》](https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/199100)と[《黒き猫》](https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/151641)のページで確認できます。

## 墨で描いた春草と、水墨画で試すなら

### 《鶏図》｜墨の太い筆で描いた鶏

![菱田春草《鶏図》。細長い画面の下の方に鶏が1羽。黒い体を墨の太い筆で描き、とさかに淡い色を差している](https://www.sumieart.art/hs-fs/hubfs/niwatori_tnm_775x3000.jpg?width=247&height=956&name=niwatori_tnm_775x3000.jpg)

（図：菱田春草《鶏図》 紙本淡彩 東京国立博物館蔵／出典：[ColBase](https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-1318)）

東京国立博物館の《鶏図》は、細長い画面の下の方に、鶏を1羽だけ描いた作品です。黒い体は墨の太い筆で置かれ、とさかに淡い色が差されています。ColBase に制作年や解説は無いので、ここでは画面から見えることだけを紹介します。大きな余白の中に、筆の跡を生かした墨の塊が置かれていて、水墨画を描く人にも親しみやすい一枚です。

### 輪郭線より濃淡で奥行きを出す｜小林東雲先生の実演

この記事で見た《帰漁》《紅葉山水》《春秋の滝》は、いずれも絹に絵具で描かれた日本画（絹本着色）です。墨一色で描く水墨画とは、画材も描き方も違います。それでも、輪郭線に頼らず、ぼかしや濃淡で空気や奥行きを表すという考え方は、水墨画にも通じます。

水墨画で試すときの例として、小林東雲先生（こばやし とううん）が色紙に墨一色で松林を描く実演を紹介します。松は葉のかたまりから描き始めてあとから幹を通し、後ろの木立は淡い墨、手前の松は濃い墨で描き分けています。描く順と墨の濃さの差だけで、奥行きが生まれていく様子を見てください。これは朦朧体の実演ではなく、水墨画で濃淡を使って奥行きを出す例です。

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墨の濃淡を練習する方法は[水墨画の運筆 練習方法](https://www.sumieart.art/blog/sumi-e-brushwork-practice-5-steps)で、近景・中景・遠景を濃淡で描き分ける方法は[山水画の描き方](https://www.sumieart.art/blog/sumi-e-sansui-landscape-how-to)で紹介しています。

## まとめ｜朦朧体の見どころと、作品を見るには

- 朦朧体は、明治後期に横山大観と菱田春草が始めた、輪郭線を用いない日本画の描き方で、当時は悪評としてこう呼ばれました
- 色のぼかしは空気や光を表すのに向き、朝夕や水辺の情景が好んで描かれました
- 春草は、線で描いた《微笑》から、朦朧体の《帰漁》へ進み、《紅葉山水》では筆触と墨の濃淡で岩の立体感を補い、最晩年の《春秋の滝》では輪郭線のない滝とはっきりした色を組み合わせました
- 輪郭線ではなくぼかしや濃淡で空気を表す考え方は、水墨画にも通じます

この記事で紹介した作品は、東京富士美術館・愛知県美術館・京都国立博物館・東京国立博物館の所蔵で、各館のデータベースで画像を見ることができます。展示は時期によって異なるため、見に行く前に各館の情報を確認してください。

輪郭線を引かない技法については[没骨法とは](https://www.sumieart.art/blog/mokkotsuho-meaning)を、水墨画・墨絵・日本画の言葉の違いは[水墨画と墨絵の違い](https://www.sumieart.art/blog/sumi-e-and-suiboku)をご覧ください。江戸時代の画家・葛飾北斎については[葛飾北斎と水墨画](https://www.sumieart.art/blog/katsushika-hokusai-and-sumi-e)で紹介しています。

## よくある質問（FAQ）

### 朦朧体とは何ですか？

明治後期に横山大観と菱田春草が岡倉天心に促されて始めた、輪郭線を用いない日本画の描き方です。色のぼかしで、空気や光を表そうとしました。

### なぜ朦朧体と呼ばれたのですか？

輪郭のはっきりしない画面が当時は悪評を受け、批判の意味をこめて「朦朧体」と呼ばれました。春草が没線描法の作品を発表すると、世間から「朦朧体」と揶揄されたと伝えられています。

### 朦朧体は誰が始めたのですか？

横山大観と菱田春草です。精選版 日本国語大辞典は、岡倉天心に促されて始めたと説明しています。春草は、1901年の《帰漁》の前年ごろから没線描法を試み始めました。

### 朦朧体と没骨法は同じですか？

輪郭線を引かない点で通じるところがあり、朦朧体を没骨描法と説明する解説もあります。ただし没骨法は中国で古くから使われてきた東洋画の技法で、朦朧体は明治の日本画の新しい試みです。同じものとは考えず、共通する考え方として見るとよいでしょう。

### 菱田春草の代表作は何ですか？

《落葉》（明治42年・1909）と《黒き猫》（明治43年・1910）です。どちらも公益財団法人永青文庫の所蔵で、重要文化財に指定されています。どちらも文展に出品されました。

### 菱田春草は何歳で亡くなりましたか？

明治44年（1911）に37歳で亡くなりました。その3年前の明治41年（1908）には眼病を患っています。

### 朦朧体の作品はどこで見られますか？

この記事で紹介した作品は、東京富士美術館・愛知県美術館・京都国立博物館・東京国立博物館の所蔵で、各館のデータベースで画像を見られます。展示は時期によって異なるため、各館の情報を確認してください。

### 水墨画を学ぶ人は朦朧体から何を学べますか？

輪郭線ではなく、ぼかしや濃淡で空気や奥行きを表すという考え方です。墨の濃さの差だけで奥行きを出す小林東雲先生の実演が参考になります。ただし朦朧体は色彩を主にした日本画の描き方で、墨一色の水墨画とは画材が違う点に注意してください。

![Jin（神雲）](https://www.sumieart.art/hubfs/IMG_3607-2.jpg)

Jin（神雲）

水墨画家 / Sumi-e Artist

墨絵アーティスト・カリグラファー 西洋カリグラフィーと墨絵を融合させた独自のスタイルを確立し、文字と線、余白が響き合う作品を制作しています。この東西の技法の融合により、文化の境界を越えた新しいアートの可能性を探究しています。 現在は国際墨友会理事として活動し、Art Beyond Boundariesでは審査員特別賞「三田村有純賞」を受賞しました。伝統を大切にしながら、現代に生きる墨絵の表現を世界に向けて発信し続けています。‍

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