蘭の描き方|一筆で引く葉の弧と交差で学ぶ水墨画の基本【動画連動】
水墨画で蘭を描く手順を、小林東雲の実演動画と並べて解説。長い葉を一筆で引ききる運筆と、葉が交差してできる空間の作り方——絵の骨格は葉そのものではなく葉と葉の間にあります。葉・交差・花・根元の順にたどります。

蘭を描くとき、いちばん難しいのは葉です。細く長い線を、途中で止めずに一息で引ききる。しかもその一本の中で、太さが変わっていく。ここが蘭という画題の核心です。そしてもうひとつ。よく描けた蘭の絵を見ると、目を引いているのは葉そのものではなく、葉と葉が交差してできた空間のほうだと気づきます。
この記事で分かること。
- 葉を一筆で引ききり、線の中で太さを変える方法
- 二本目・三本目をどう交差させて画面の骨格を作るか
- 淡墨の花を、葉に埋もれさせずに置く方法
- 根元をまとめて、絵全体を立たせる仕上げ
蘭がなぜ四君子のひとつに数えられるのか、その象徴や由来については四君子とはで詳しく扱っています。この記事は描き方に絞ります。
この記事の使い方|動画と本文を並べて学ぶ
100秒の実演で全体の流れをつかむ
以下の動画は、小林東雲(こばやし とううん)が蘭を一枚描く実演です。国際墨友会のチャンネルで公開されているもので、100秒と短いため、まず通しで一度ご覧いただくと全体の流れがつかめます。
見るときは、次の点に注目してみてください。
- 筆の立て方:葉を引くときに筆をどの角度で持っているか
- 腕の動き:手首だけで描いているか、腕全体が動いているか
- 一本の線の中での太さの変化:どこで太くなり、どこで細く抜けるか
- 花を置くときの力の入れ方:葉を引くときとどう違うか
本文で各工程の要点を確認する
動画で流れをつかんだら、以下の各節で工程ごとの要点を確認してください。順番は、葉 → 交差 → 花 → 根元です。蘭は葉から描きます。葉が画面の骨格を決めるので、花を先に置くと葉を通す場所がなくなってしまうためです。
なお、線そのものの安定が足りないと感じる場合は、水墨画の練習方法で基礎のドリルを扱っています。道具については道具ガイドをご覧ください。紙は和紙を使います。
蘭の葉を描く|一筆で引く長い弧
筆を立てて起筆から抜きまでを一息で
蘭の葉は、筆を立てて描きます。穂先を使うので、寝かせません。ここが枝を側筆で引く梅の描き方とは逆になります。
そして、一本の葉は一筆で引ききります。途中で止めない。継ぎ足さない。長さが足りなくても、そこで終わりにしてください。継いだ跡は必ず見えますし、その一点で線が死にます。
引く前に、終点をどこにするか決めておくことが大切です。行き先が決まっていない線は、必ず途中で迷います。
一本の線の中で太さを変える
蘭の葉が美しいのは、一本の線の中で太さが移り変わるからです。
入りは軽く、細く。中ほどでいちばん太くなり、終わりに向かって細く抜けていく。この変化は、筆圧を少しずつ変えることで作ります。押しつけて広げるのではなく、体重の乗せ方が自然に移っていくイメージです。
均一な太さの線は、蘭の葉には見えません。針金のように見えてしまいます。
速度を落とさない(迷うと線が死ぬ)
長い線を引いていると、途中で怖くなって速度が落ちます。そこで線が止まり、墨がにじみ、勢いが消えます。
対策は、腕全体を動かすことです。手首だけで引こうとすると可動域が足りず、途中で必ず失速します。肘から先を大きく使ってください。三つの変数(速度・圧力・水分量)のうち、蘭で効くのは特に速度と圧力です。この二つの扱いは水墨画の練習方法で詳しく扱っています。
葉を交差させる|三本目で画面が決まる
二本目は一本目と長さも角度も変える
一本目が引けたら、二本目です。ここで最もやってはいけないのが、一本目と同じ長さ・同じ角度で引くことです。
平行に並んだ二本の葉は、模様に見えてしまいます。二本目は、長さを変え、反り方を変え、向かう方向も変えてください。差をつけるほど、葉が生きているように見えます。
三本目で交差の空間をつくる
三本目を引くと、葉と葉が交差して、細長い空間が生まれます。この空間の形が、絵の印象を決めます。
古典的にはこの交差してできる形を鳳眼(ほうがん)と呼びます。鳳凰の目に見立てた言い方です。用語そのものを覚える必要はありませんが、葉を引くときに「どんな空間ができるか」を意識するための言葉として役に立ちます。
葉の線ばかり見ていると、この空間は作れません。線と線の間を見るようにしてください。
四本目以降は空間を破る役に回す
三本で骨格ができたら、四本目以降は、その空間を横切らせます。できた形をあえて破ることで、絵が整いすぎるのを防ぎます。これを破鳳眼(はほうがん)と呼びます。
本数に決まりはありません。ただ、増やすほど画面は複雑になります。少ないほうがまとまりやすいので、迷ったら足さないでください。
蘭の花を描く|淡墨で軽く置き、葉に埋もれさせない
花弁は淡墨で、力を抜いて置く
葉が引けたら、花に移ります。ここで筆の扱いを切り替えます。
墨を淡く溶き、力を抜いて置きます。葉のような勢いは要りません。花弁は五枚前後、細長い点を放射状に配置すると蘭の花になります。一枚ずつ、置いてすぐ離してください。
花心に濃墨の点を打って締める
淡墨の花弁だけでは、花がぼんやりと沈みます。中心に濃い墨で小さな点を打ってください。
この一点があるだけで、花に焦点ができ、画面が締まります。逆に、花が葉に埋もれて見えるときは、この点が抜けているか、花弁の墨が濃すぎて葉と区別がついていないかのどちらかです。
花は数を欲張らない
花はたくさん描きたくなりますが、蘭の絵で主役は葉です。花を増やすと、せっかく作った葉の空間が埋まってしまいます。
一輪か二輪、多くて三輪で十分です。置く場所は、葉の隙間の明るいところ。葉が密集しているところに重ねると、どちらも見えなくなります。
根元をまとめる|株元を締めて絵を立たせる
葉の起点を一箇所に集める
すべての葉が、地面の同じ場所から出ているように見えることが大切です。起点がばらばらだと、葉が宙に浮いて見えます。
引き始めの位置を、あらかじめ狭い範囲に決めておいてください。描いているうちに広がりやすいところです。
根元は濃いめの短い線で締める
最後に、株元へ濃いめの墨で短い線を数本入れます。地面との接点を作る工程です。
長く描く必要はありません。数本の短い線で、葉の集まる場所を締めるだけで、絵がしっかりと立ちます。株元が決まると、それまで引いてきた葉が一本の株から伸びたものとして見えてきます。蘭という画題はもともと中国で育まれ、日本に伝わって描き継がれてきたもので、葉の交差に名前が付けられているほど長く描き込まれてきました。
まとめ:葉→交差→花→根元の全体フロー
工程を一望すると、次のようになります。
- 葉:筆を立て、一筆で引ききる。入りは細く、中ほどで太く、終わりで細く抜く。速度を落とさない
- 交差:二本目は長さも角度も変える。三本目で空間を作り、四本目以降でその空間を破る
- 花:淡墨で力を抜いて置き、花心に濃墨の点。数は欲張らない
- 根元:葉の起点を一箇所に集め、濃いめの短い線で締める
一枚描き終えたら、少し離して眺めてみてください。葉と葉の間の空間が、それぞれ違う形になっているか。それが蘭を描くときの、いちばんの確認点です。
次の題材に進むなら、竹の描き方が近い場所にあります。竹はまっすぐな線と筆圧が主題で、蘭とは違う筋肉を使います。四君子の全体像は四君子とはをご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 葉の線が途中で震えてしまいます。
引く速度が落ちたことが原因です。長い線は、途中で迷うとそこで止まり、線が死にます。対策は二つあります。ひとつは腕全体を使うこと。手首だけで引くと可動域が足りず、必ず途中で失速します。もうひとつは、引き始める前に終点を決めておくことです。行き先の決まっていない線は迷います。速度と圧力の扱いは水墨画の練習方法で扱っています。
Q. 葉を何本描けばよいですか。
決まった数はありません。三本引くと交差した空間ができ、そこで画面の骨格が決まります。四本目以降は、その空間を横切って破る役に回ります。本数より大切なのは、すべてを同じ長さ・同じ角度にしないことです。平行に並ぶと模様に見えます。迷ったら足さないでください。
Q. 花が葉に埋もれて見えません。
墨の濃さの差が足りないことが原因です。花弁は葉より淡い墨で置き、中心に濃い墨で点を打ってください。この一点で焦点ができ、花が締まります。あわせて、花を置く場所も見直してください。葉が密集したところではなく、葉の隙間の明るいところに置くと立ちます。
Q. 蘭と竹はどちらから練習すればよいですか。
順番に決まりはありませんが、性質の違いで選ぶと分かりやすくなります。竹はまっすぐな線と筆圧の変化が主題、蘭は長い曲線と速度の緩急が主題、梅はかすれと淡墨の対比が主題です。直線から入りたいなら竹、線を伸びやかに引く感覚から入りたいなら蘭が向いています。竹の描き方と梅の描き方、四君子とはを見比べて、描きたいほうから始めてください。
Q. 鳳眼(ほうがん)とは何ですか。
葉が交差してできる、細長い空間の呼び名です。鳳凰の目に見立てた言い方で、その空間を横切って破る四本目を破鳳眼(はほうがん)と呼びます。用語を覚えること自体が目的ではありません。葉を引くときに、線そのものではなく線と線の間にできる形を意識するための言葉だと考えてください。
墨絵アーティスト・カリグラファー 西洋カリグラフィーと墨絵を融合させた独自のスタイルを確立し、文字と線、余白が響き合う作品を制作しています。この東西の技法の融合により、文化の境界を越えた新しいアートの可能性を探究しています。 現在は国際墨友会理事として活動し、Art Beyond Boundariesでは審査員特別賞「三田村有純賞」を受賞しました。伝統を大切にしながら、現代に生きる墨絵の表現を世界に向けて発信し続けています。