山水画の描き方|近景・中景・遠景を墨の濃淡で描き分ける水墨画の基本【動画連動】
水墨画で山水画を描く手順を、小林東雲の実演動画と並べて解説。奥行きは遠近法の線ではなく墨の濃さでつくります。近景・中景・遠景の三層をどう描き分け、滝や霧をどう白く残すか——工程ごとにたどります。

山水画の奥行きは、線で作るものではありません。墨の濃さで作ります。
手前にあるものほど濃く、細かく描く。遠くにあるものほど薄く、省いて描く。この一貫性さえ保てれば、複雑に見える風景も一枚に収まります。逆に、全体を同じ濃さで丁寧に描き込むと、どれだけ時間をかけても平らな絵になります。
この記事で分かること。
- 近景・中景・遠景という三つの層に分けて考える方法
- 各層で墨の濃さをどこまで変えるか
- 遠景の滝を、水を描かずに見せる方法
- 霧や空を余白として残す使い方
この記事の使い方|動画と本文を並べて学ぶ
実演で全体の流れをつかむ
以下の動画は、小林東雲(こばやし とううん)が四季山水図を一枚描く実演です。国際墨友会のチャンネルで公開されているもので、公式の説明には「近景・中景・遠景の描き方。遠景の滝の描き方」とあります。
9分37秒と、これまでの単体モチーフの実演より長い映像です。まず通しで一度ご覧いただくと全体の流れがつかめます。そのうえで、本文の各工程を読みながら該当する部分を見返す、という使い方ができます。
見るときは、次の点に注目してみてください。
- 墨の濃さ:層ごとに、どのくらいはっきり濃さを変えているか
- 筆の水分:薄い墨を作るとき、どれだけ水を含ませているか
- 描き込む場所と省く場所:どこを細かく描き、どこを大胆に省いているか
本文で工程ごとの要点を確認する
順番は、近景 → 中景 → 遠景 → 余白の調整です。手前から描きます。手前の濃さが決まらないと、その後の層をどこまで薄くすればよいかの基準ができないためです。
濃淡そのものの作り方に不安がある場合は、水墨画の練習方法で基礎を扱っています。道具については道具ガイドをご覧ください。紙は和紙を使います。
山水画の奥行きは三つの距離でつくる|近景・中景・遠景
距離は墨の濃さで表す
描き始める前に、墨を三段階作っておいてください。濃墨、中墨、淡墨です。
近景に濃墨、中景に中墨、遠景に淡墨。この対応を先に決めておくと、描いている途中で迷わなくなります。逆に、描きながらその都度墨を調整すると、層の差が曖昧になって奥行きが崩れます。
大切なのは、隣り合う層のあいだにはっきりと差をつけることです。少しだけ薄くしたのでは、距離として見えません。
近いほど細かく、遠いほど省く
濃さと同時に、描き込む量も変えます。
近景の木は、幹の質感も枝ぶりも描きます。中景の木は、形が分かる程度にとどめます。遠景の木は、点をいくつか置くだけ、あるいは山の輪郭に含めてしまいます。
遠くのものを丁寧に描くと、その部分だけ手前に引き寄せられて見えます。省略は手抜きではなく、距離を作るための手段です。
三遠法という古典的な見方
山水画には、山を見上げる高遠(こうえん)、山の奥へ入り込む深遠(しんえん)、遠くへ広がる平遠(へいえん)という三つの見方があります。あわせて三遠法と呼ばれます。
用語そのものを覚える必要はありませんが、描き始める前に「この絵はどこから見た風景か」を決めておくと、画面がまとまりやすくなります。見上げるのか、覗き込むのか、見渡すのか。それだけ決めておけば十分です。
近景を描く|濃い墨と細部で手前を決める
画面のどこに手前を置くか決める
近景は、画面の下部か、左右どちらかの端に寄せて置きます。
中央に大きく置くと、その後ろに中景と遠景を通す場所がなくなります。手前は画面の隅を占め、視線が奥へ抜けていく通り道を空けておく、という配置が扱いやすいです。
濃墨で岩と木を描き込む
近景には濃墨を使います。ここがいちばん濃く、いちばん細かい層になります。
岩は、輪郭を引いてから面に筆を当てて質感を出します。木は幹を立て、枝を分け、葉や松葉を加えます。この層だけは、しっかり描き込んで構いません。
描き込みすぎない見極め
ただし、近景が画面の主役になりすぎると、奥が見えなくなります。
手前を描き込んでいると楽しくなって手が止まらなくなりますが、近景の役割は、視線を奥へ送り出す踏み台になることです。ひととおり形ができたら、いったん筆を置いて全体を眺めてください。
中景を描く|濃さを落として距離を離す
近景よりはっきり薄くする
中景に移ったら、墨を中墨に切り替えます。
ここで「少し薄く」ではなく「はっきり薄く」してください。近景と中景の濃さが近いと、二つの層が同じ距離にあるように見え、奥行きが生まれません。迷ったら、思っているより薄くするほうがうまくいきます。
近景と重ならない位置に置く
中景は、近景で空けておいた場所に置きます。
近景の木の背後にぴったり重ねると、両方の形が読みにくくなります。少しずらして、近景の隙間から中景が覗くように配置すると、あいだに空間があることが伝わります。
家屋や橋で人の気配を入れる
中景は、小さな家屋や橋を置くのに適した層です。
人の営みが小さく描かれていると、山の大きさが伝わります。大きく描く必要はありません。屋根の形が分かる程度の小さなもので十分です。
遠景を描く|薄墨と省略、そして滝
遠い山は輪郭だけにする
遠景には、いちばん薄い墨を使います。
遠い山は、輪郭の線か、薄い墨を面で置くだけにとどめます。稜線の形だけで山だと分かります。ここに岩肌の質感や木を描き込むと、遠さが消えて中景と同じ距離に見えてしまいます。
遠景の滝は水を描かず両脇の岩で見せる
滝は、水そのものを描きません。紙の白をそのまま残します。
やり方は逆です。滝が落ちる筋の両脇を、濃いめの墨で描きます。左右が暗くなると、あいだに残った白が水として見えてきます。白い絵の具で描くのではなく、周りを描いて白を浮かび上がらせる、という考え方です。
この「描かないことで見せる」発想は、山水画のあちこちで使われます。
いちばん薄い墨を使い切る
遠景を描くときは、筆に含ませる墨の量よりも水の量のほうが多いくらいで構いません。
薄すぎたと感じても、乾くとさらに薄くなります。濃い側に寄せる修正はあとからできますが、一度濃く置いた墨を薄くすることはできません。迷ったら薄いほうから始めてください。
余白の使い方|霧・水・空は描かずに残す
余白は塗り残しではない
山水画の白い部分は、描き忘れた場所ではありません。霧であり、水であり、空です。
近景と中景のあいだに白い帯を残せば、そこに霧が立ちこめているように見えます。何も描かないことで、そこに空気があることを示せます。
三層のあいだに余白を挟む
三つの層を隙間なく詰めると、絵が窮屈になり、奥行きも出ません。
層と層のあいだには、必ず何も描かない帯を残してください。この帯が三層を切り離し、それぞれが違う距離にあることを見せます。描き終えたあとに「まだ描ける場所がある」と感じても、そこは残しておくほうが絵が生きます。
余白の考え方については、外国人が水墨画に惹かれる理由でも別の角度から扱っています。
なお山水画は、中国で画題として成立し、日本に伝わって受け継がれてきました。目の前の景色を写し取る写生とは異なり、心の中で組み立てた理想の風景を描くという性格を持っています。実景と違っていても構わない、という前提が最初からある画題です。
まとめ:近景→中景→遠景の全体フロー
工程を一望すると、次のようになります。
- 準備:濃墨・中墨・淡墨の三段階を先に作る
- 近景:濃墨で画面の隅に。岩と木を描き込み、奥への通り道を空ける
- 中景:中墨ではっきり薄く。近景とずらして置き、家屋や橋で人の気配を入れる
- 遠景:淡墨で輪郭だけ。滝は両脇を濃くして白を残す
- 余白:層と層のあいだに何も描かない帯を残す
一枚描き終えたら、離れて眺めてみてください。三つの層が違う距離にあるように見えるか。それが山水画のいちばんの確認点です。
単体のモチーフから始めたい場合は、竹の描き方が近い場所にあります。水墨画と墨絵の関係については水墨画と墨絵の違い、四君子の全体像は四君子とはをご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 全体が同じ濃さになってしまい、奥行きが出ません。
三つの層の濃さの差が足りないことが原因です。描き始める前に、濃墨・中墨・淡墨の三段階を作っておいてください。描きながら調整すると差が曖昧になります。そのうえで、隣り合う層のあいだは「少し薄く」ではなく「はっきり薄く」変えてください。濃淡の作り方は水墨画の練習方法で扱っています。
Q. 遠景の山はどこまで描き込めばよいですか。
描き込まないことが遠さを作ります。輪郭の線か、薄い墨を面で置くだけで十分です。稜線の形さえあれば山だと分かります。岩肌の質感や木を描き加えると、その部分が手前に引き寄せられて見え、遠景が中景と同じ距離になってしまいます。
Q. 滝の水はどう描きますか。
水そのものは描かず、紙の白を残します。滝が落ちる筋の両脇を濃いめの墨で描いてください。左右が暗くなることで、あいだの白が水として見えてきます。白を描くのではなく、周りを描いて白を浮かび上がらせる、という考え方です。
Q. 三遠法とは何ですか。
山を見上げる高遠、山の奥へ入り込む深遠、遠くへ広がる平遠という、三つの見方をまとめた言い方です。用語を覚えること自体が目的ではありません。描き始める前に「この絵はどこから見た風景か」を決めるための言葉だと考えてください。見上げるのか、覗き込むのか、見渡すのか。それが決まると画面がまとまります。
Q. 山水画と風景画は違うものですか。
厳密な線引きがあるわけではありませんが、山水画には、目の前の景色を写し取るのではなく、心の中で組み立てた理想の風景を描くという伝統があります。中国で画題として成立し、日本に伝わって受け継がれてきました。実景と違っていても構わない、という前提が最初からある点が、写生を基本とする風景画との違いだと言えます。
墨絵アーティスト・カリグラファー 西洋カリグラフィーと墨絵を融合させた独自のスタイルを確立し、文字と線、余白が響き合う作品を制作しています。この東西の技法の融合により、文化の境界を越えた新しいアートの可能性を探究しています。 現在は国際墨友会理事として活動し、Art Beyond Boundariesでは審査員特別賞「三田村有純賞」を受賞しました。伝統を大切にしながら、現代に生きる墨絵の表現を世界に向けて発信し続けています。