菊の描き方|花びらの重ね方と二通りの小菊で学ぶ水墨画の基本【動画連動】
水墨画で菊を描く手順を、小林東雲先生の12分44秒の実演と章立てに沿って解説。大輪の菊は中心から外へ花びらを一枚ずつ重ね、葉は一筆の中に濃淡を出します。線と墨の面で描く二通りの小菊、竹の支えとススキ、賛「秋菊落英」の意味まで。

水墨画で菊を描くときは、大輪の花の中心にある小さな花びらから描き始め、外へ向かって一枚ずつ花びらを重ねていきます。そのあと茎と葉、小さな菊、竹の支えとススキを加え、最後に賛(さん)を書き入れると、一枚の秋の作品になります。この記事では、小林東雲先生(こばやし とううん)が菊を一枚描き上げる12分44秒の実演動画を、作者自身が付けた章立てに沿って読み解きます。
菊は、梅・蘭・竹とあわせて四君子(しくんし)と呼ばれる画題の一つで、秋を受け持つ花です。四つのうち、墨で描かれるようになったのは菊がいちばん遅く、明の時代からとされます(改訂新版 世界大百科事典「四君子」)。
この記事で分かること
- 大輪の菊の花びらを、中心から外へ重ねていく順序
- 一枚の葉の中に濃淡を出し、乾く前に葉脈を入れる描き方
- 輪郭線で描く小菊と、墨の面で描く小菊の違い(鉤勒と没骨)
- 竹の支えとススキを添えて、一枚の作品にまとめる方法
- 賛「秋菊落英 輔體延壽」の出典と、菊が長寿の花とされてきた理由
この記事の使い方|12分44秒の実演と本文を並べて読む
実演動画と章立て9つ
国際墨友会の動画で、小林東雲先生が秋の菊を一枚描きます。大輪の菊を二輪、茎と葉、二通りの小菊、竹の支え、ススキまで、作品ができあがるまでの全工程を見られます。
動画の説明文には、次の9つの章立てが付いています。
| 開始 | 章 | この記事の節 |
|---|---|---|
| 0:00 | 一輪目の大菊 | 大輪の菊を描く |
| 2:10 | 二輪目の大菊 | 大輪の菊を描く |
| 3:46 | 茎と葉 | 茎と葉を描く |
| 5:16 | 小菊 | 小菊を描く |
| 7:22 | 線で描く小菊 | 小菊を描く |
| 8:22 | 墨の面で描く小菊 | 小菊を描く |
| 10:22 | 竹の支え | 竹の支えとススキ |
| 10:40 | ススキ | 竹の支えとススキ |
| 12:04 | 仕上げと完成 | 賛と、菊が長寿の花とされる理由 |
本文の読み方
各節の見出しに、対応する章の開始時刻を添えています。まず動画を通して見て全体の流れをつかみ、そのあと描きたい部分の章を開いて、本文の見どころと見比べてください。説明文に書かれている技法の要点は、次の4つです。
- 大輪の菊は、中心から外へ向かって花びらを一枚ずつ重ねる
- 葉は一筆の中に濃淡を出し、乾かないうちに濃い墨で葉脈を入れる
- 小菊は二通り。細い筆で輪郭だけを描くものと、墨の面で花びらを置いて中心に点を打つもの
- ススキの穂は、細い筆で短い線を重ねて作る
道具をこれからそろえる場合は、水墨画の道具・画材完全ガイドで基本の5点を紹介しています。
大輪の菊を描く|中心から外へ花びらを重ねる(0:00〜/2:10〜)
一輪目:中心の小さな花びらから描き始める
動画は、花の中心に小さな花びらを置くところから始まります。そこから外へ向かって、花びらを一枚ずつ重ねていきます。最初から花の形を丸く塗るのではなく、一枚ずつ置いていくので、花びらと花びらのあいだに紙の白が少しずつ残ります。この白い隙間が、花びらの重なりを見せてくれます。
中心の花びらは小さく、内側へ向けて丸く置かれています。外へ行くほど花びらは大きくなり、花全体が丸いかたまりとして見えてきます。
外側の花びらほど長く、下へ反らせる
いちばん外側の花びらは長く、下向きに反っています。中心の小さな花びらと、外側の長く垂れる花びらの対比で、大輪の菊らしい重みのある姿になります。花が描けたら、その下に茎を一本の線で引いています。
四君子とはの記事では、菊の見どころを「幾重にも重なる花弁の奥行き」とし、中心から外へ花弁を重ねるときに墨の濃淡を使い分けると、平面のなかに立体感が生まれる、と説明しました。この動画は、その重ね方を最初から最後まで見せてくれる実演です。
二輪目は濃さを変えて描く
二輪目の大菊は、一輪目の左上に描かれます。描き方の順序は一輪目と同じですが、一輪目より濃い墨で描いています。完成作を見ると、二輪の菊は形が似ていても濃さが違い、同じ重さで並ばずに、画面の中で強弱が生まれています。同じ花を二つ描くときは、濃さを変えることも考えてみてください。
茎と葉を描く|一枚の葉に濃淡を出し、乾く前に葉脈(3:46〜)
茎は一本の線で通す
大菊の下には、茎を一本の線で引いています。茎は長く伸び、その両側に葉がついていきます。茎の線をためらわずに引いておくと、あとから置く葉の位置が決めやすくなります。
葉は筆の腹で面を置き、一筆の中に濃淡を出す
葉は、筆の腹を使った面で、茎の両側に置かれています。説明文にあるとおり、葉は一筆の中に濃淡を出しています。一枚の葉の中に濃いところと淡いところがあり、葉の厚みや向きの違いが感じられます。
一筆の中に濃淡を出すには、墨の濃さと筆に含む水分を、描く前に整えておく必要があります。濃淡と水分を手で覚える練習は、水墨画の運筆 練習方法の5ステップで紹介しています。
乾かないうちに濃い墨で葉脈を入れる
葉を置いたら、墨が乾かないうちに、濃い墨で葉脈を入れています。乾いてから描き足すのではなく、乾く前に入れるのがポイントです。乾かないうちに入れると、葉脈の線と葉の面がなじみやすくなります。
小菊を描く|横向きの花と、線の小菊・墨の小菊(5:16〜/7:22〜/8:22〜)
横から見た小さな花を淡い墨で(5:16〜)
大菊のあとは、小さな菊です。5:16からの章では、横から見た小さな花を淡い墨で描き、細い茎と小さな濃い葉を添えています。正面から見た大きな花に、横を向いた小さな花が加わることで、画面に向きの変化が生まれます。
線で描く小菊:輪郭線でかたちをくくる(7:22〜)
7:22からは、線で描く小菊です。説明文の言葉では「細い筆で輪郭だけを描くもの」。正面から見た花の花びらを、細い線で輪郭だけ描いています。花びらの中は塗らずに、紙の白のまま残しています。
墨の面で描く小菊:花びらを面で置き、中心に点(8:22〜)
8:22からは、墨の面で描く小菊です。こちらは「墨の面で花びらを置いて中心に点を打つもの」。筆を持ち替え、花びらを墨の面で放射状に置いています。輪郭線は引いていません。
二つの描き方を見比べる(鉤勒と没骨)
東洋画には、かたちを輪郭線で描くかどうかで分かれる、二つの描き方があります。精選版 日本国語大辞典は、鉤勒を没骨とともに「絵画の二大技法」としています。
| 描き方 | 意味 | 典拠 |
|---|---|---|
| 鉤勒(こうろく) | 対象のかたちを輪郭線でくくること | デジタル大辞泉「鉤勒」 |
| 没骨(もっこつ) | 輪郭の線を描かないで、直接に水墨や彩色で、くまどりを主にして対象を描き表すもの | 精選版 日本国語大辞典「没骨」 |
改訂新版 世界大百科事典は、鉤勒を輪郭線を残さない没骨に対する言葉とし、没骨は対象を濃淡のグラデーションでとらえる水墨画と近い関係にある、と説明しています。
動画の説明文はこの用語を使っていませんが、線で描く小菊と墨の面で描く小菊は、この二つの描き方の違いを見比べるのにちょうどよい例です。同じ小菊でも、輪郭線でくくると軽やかで明るく、墨の面で置くと花びらに量感が出ます。輪郭線を引かずに描く技法は、没骨法の記事で詳しく説明しています。
次に読むNext
- 没骨法(もっこつほう)とは輪郭線を引かずに描く技法と、鉤勒法との違い
- 四君子とは梅・蘭・竹・菊が水墨画の定番題材である理由
- 秋の水墨画の画題栗と小鳥、桔梗を墨で描く見どころ
竹の支えとススキで、秋の一枚にする(10:22〜/10:40〜)
竹の支え:淡い墨の縦の線と節(10:22〜)
菊を描き終えたら、竹の支えを加えます。淡い墨で縦の線を引き、ところどころに節を入れています。竹の節の描き方は、竹の描き方で詳しく紹介しています。
ススキ:弧を描く細い茎と、短い線を重ねた穂(10:40〜)
続いてススキです。弧を描く細い茎を引き、その先に穂を作ります。説明文にあるとおり、ススキの穂は、細い筆で短い線を重ねて作っています。短い線が少しずつ重なることで、風になびく穂の軽さが表れます。
主役の菊を引き立てる脇役の濃さ
完成作では、竹の支えやススキは菊より淡い墨で描かれ、主役の大菊が目立つようになっています。脇役まで濃く描くと、画面のどこを見ればよいかが分かりにくくなります。秋の草花を墨で描くほかの例は、秋の水墨画の画題で、栗と小鳥、桔梗を取り上げています。
賛「秋菊落英 輔體延壽」と、菊が長寿の花とされる理由(12:04〜)
画賛とは
完成作の右上には、賛が書かれています。画賛(がさん)は、単に賛ともいい、絵とともに書かれた文・詩・歌などをさします。中国や日本には古くから書画一致の考えがあり、日本では鎌倉・室町時代の水墨画にも多くの例があります(日本大百科全書「画賛」)。
この作品の賛は「秋菊落英 輔體延壽」。説明文によると、「秋の菊の花びらは体を助け、命を延ばす」という句です。
「秋菊落英」は屈原『離騒』から
前半の「秋菊落英」は、中国・戦国時代の楚の詩人、屈原(くつげん)の長編詩『離騒(りそう)』の一句「夕餐秋菊之落英」を踏まえています(維基文庫「離騷」)。夕べには秋の菊の花びらを食べる、という意味です。屈原は名を平といい(デジタル大辞泉「屈原」)、『離騒』は『楚辞』の代表的な長編詩です。
「輔體延壽」は曹丕の手紙の「輔體延年」から
後半の「輔體延壽」は、魏の文帝、曹丕(そうひ)が重陽(九月九日)に鍾繇(しょうよう)に宛てて書いた手紙の言葉を踏まえています。この手紙は類書『藝文類聚』の巻4に収められていて、九月九日の宴と菊について述べたあと、屈平(屈原)が秋の菊の花びらを食べようと思ったことを引き、「輔體延年、莫斯之貴」と続けます(維基文庫『藝文類聚』巻4)。体を助けて寿命を延ばすのに、これより貴いものはない、という意味です。賛では、この「延年」の「年」を「壽」にしています。
重陽(菊の節句)と菊酒
菊は、中国では不老長寿の効があるとされ、日本には奈良時代に渡来したようです(精選版 日本国語大辞典「菊」)。陰暦9月9日の重陽は菊の節句とも呼ばれ、日本では平安時代に宮中の年中行事として菊の宴が催されました(デジタル大辞泉「重陽」)。菊は延寿の効があると信じられ、この日に菊酒を飲むことも行われました(改訂新版 世界大百科事典「重陽」)。
賛の二つの句は、この長寿の願いを、古い詩と手紙の言葉で表したものです。菊が四君子の一つとして、晩秋に乱れず咲く姿を尊ばれてきたことは、四君子とはで紹介しています。
まとめ:大菊→茎と葉→小菊→竹とススキ→賛の全体フロー
- 大輪の菊を、中心の小さな花びらから外へ、一枚ずつ重ねて描く(外側の花びらは長く、下へ反らせる)
- 二輪目は、一輪目と濃さを変えて描く
- 茎を一本の線で通し、葉は一筆の中に濃淡を出して置き、乾かないうちに濃い墨で葉脈を入れる
- 小菊を添える(横向きの小さな花と、線で描く小菊・墨の面で描く小菊)
- 竹の支えとススキを淡い墨で加え、主役の菊を引き立てる
- 賛を書き入れて、一枚の作品に仕上げる
菊で四君子の描き方がそろいました。まっすぐな線と筆圧は竹の描き方、かすれと淡墨の対比は梅の描き方、一筆で引く長い弧は蘭の描き方で練習できます。説明文の最後には、四季山水図を描く全工程の動画も紹介されています。その動画を使った解説は山水画の描き方にあります。
よくある質問(FAQ)
菊の花びらはどこから描きますか?
中心の小さな花びらから描き始め、外へ向かって一枚ずつ重ねます。外側の花びらほど長くし、下へ反らせると、大輪の菊らしい丸みと重さが出ます。
花びらがつぶれて、団子のようになってしまいます。
一度に塗らずに、花びらを一枚ずつ置き、花びらのあいだに紙の白を少し残してください。外側の花びらは長さと向きを少しずつ変えると、重なりが見えやすくなります。墨がにじんで広がりすぎるときは、筆に含む水分を減らして試します。
線で描く菊と、墨の面で描く菊は何が違いますか?
輪郭線でかたちをくくるか、輪郭線を引かずに墨の面で描くかの違いです。前者は鉤勒(こうろく)、後者は没骨(もっこつ)と呼ばれる描き方に当たります。実演動画では、二通りの小菊でこの違いを見比べられます。
菊の葉に濃淡を出すには?
一筆の中に濃淡を出し、墨が乾かないうちに濃い墨で葉脈を入れます。描く前に、墨の濃さと筆に含む水分を整えておくことが大切です。濃淡と水分の練習は、水墨画の運筆 練習方法で紹介しています。
四君子の順番は?
決まった順番はありません。辞典によって並びが違い、デジタル大辞泉は「梅・竹・蘭・菊」、改訂新版 世界大百科事典は「蘭、菊、梅、竹」と書いています。四君子という呼び名は、明の陳継儒の《梅蘭竹菊四譜》に始まるとされます(百科事典マイペディア)。
菊はなぜ長寿の花とされるのですか?
中国で菊に不老長寿の効があるとされ、重陽(陰暦9月9日)には菊酒を飲んで長寿を願う習わしがあったためです。作品の賛「秋菊落英 輔體延壽」も、屈原の『離騒』と、曹丕が重陽に書いた手紙の言葉を踏まえています。
初心者は大菊と小菊のどちらから練習すればよいですか?
決まりはありませんが、一例として、線で描く小菊で花びらの形と向きをつかみ、墨の面で描く小菊、大菊へと進む方法があります。大菊は花びらの数が多く、重ねる順序と濃淡の両方に気を配る必要があるためです。
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墨絵アーティスト・カリグラファー 西洋カリグラフィーと墨絵を融合させた独自のスタイルを確立し、文字と線、余白が響き合う作品を制作しています。この東西の技法の融合により、文化の境界を越えた新しいアートの可能性を探究しています。 現在は国際墨友会理事として活動し、Art Beyond Boundariesでは審査員特別賞「三田村有純賞」を受賞しました。伝統を大切にしながら、現代に生きる墨絵の表現を世界に向けて発信し続けています。