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Article — 作家と作品

長谷川等伯《松林図屏風》とは|墨の濃淡で霧を描いた国宝の見どころと謎

長谷川等伯の国宝《松林図屏風》は、白い和紙に墨の濃淡だけで霧の中の松林を描いた屏風です。近くで見る筆の勢い、離れて見る松林と霧、どこの松林かなどの謎、東京国立博物館で見られる時期(2027年は1月1日〜17日)を紹介します。

2026.11.01
長谷川等伯《松林図屏風》左隻の部分。霧の中に、濃い墨の松と淡い墨の松がいくつかのまとまりになって立っている
長谷川等伯《松林図屏風》左隻の部分。霧の中に、濃い墨の松と淡い墨の松がいくつかのまとまりになって立っている

《松林図屏風》(しょうりんずびょうぶ)は、安土桃山時代の絵師・長谷川等伯(はせがわ とうはく)が、白い和紙に墨の濃淡だけで、霧の中の松林を描いた屏風です。国宝に指定され、東京国立博物館が所蔵しています。近年は毎年お正月に展示されていて、2027年は1月1日から17日まで、本館12室で展示される予定です。

色を使わず、松の形を細かく写しているわけでもありません。それでも東京国立博物館の解説は、霧の晴れ間から差す光や、冷たく湿った空気、風の流れまで感じられる作品だと紹介しています。この記事では、その解説をもとに、どこを見ればよいのかを見る順に紹介し、水墨画を描く人の視点も添えます。

この記事で分かること。

  • 《松林図屏風》がどんな作品か(基本データ)
  • 作者・長谷川等伯の歩み
  • 近くで見る・離れて見る、見どころの順番
  • どこの松林か、下絵だったのかなど、残る謎
  • 東京国立博物館で見られる時期と、見るコツ
  • 水墨画を描く人が、この作品から受け取れること
長谷川等伯《松林図屏風》右隻。6枚の画面に霧の中の松林が描かれ、左寄りに濃い墨の松を中心とした木立、右端に斜めに傾いた松の木立がある。その間は霧に包まれた余白になっている
長谷川等伯《松林図屏風》右隻 安土桃山時代・16世紀 紙本墨画 東京国立博物館蔵 国宝/出典:ColBase。記事冒頭の画像は左隻の一部で、ColBase の画像をトリミングして作成

松林図屏風とは|霧の中の松林を、墨の濃淡だけで描いた国宝

《松林図屏風》の画面にあるのは、霧の中に立つ松の木立と、その奥にうっすらと見える雪山です。紙に墨だけで描いた「紙本墨画(しほんぼくが)」で、色は使われていません。

東京国立博物館の解説は、白い和紙の上に墨の濃淡だけで、風と光の情景が描き出されている、と紹介しています。墨の濃淡で描く絵の基本や、日本の水墨画の流れの中での等伯の位置は、墨絵とはの記事でも紹介しています。

基本データ

項目 内容
作品名 松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)
作者 長谷川等伯
時代 安土桃山時代・16世紀
品質形状 紙本墨画(紙に墨で描いた絵)
員数 6曲1双
法量 各 縦156.8cm × 横356.0cm
所蔵 東京国立博物館
指定 国宝

データは ColBase「松林図屏風」 によります。描かれた時期について、東京国立博物館は「安土桃山時代・16世紀」としています。

6曲1双・右隻と左隻とは

「6曲1双(ろっきょくいっそう)」は、6枚の画面をつないで折りたためるようにした屏風(6曲)が、2つで1組(1双)になっていることを表します。向かって右に置く屏風を右隻(うせき)、左に置く屏風を左隻(させき)と呼びます。

《松林図屏風》は、右隻・左隻とも縦約1.6メートル、横約3.6メートルの大きさです。2つ合わせると、横の長さは7メートルあまりになります。

作者・長谷川等伯|能登の絵仏師「信春」から、京都の長谷川派へ

長谷川等伯(1539〜1610)は、能登国七尾(今の石川県七尾市)の出身です。20代のころは「信春(のぶはる)」と名乗り、能登で主に仏画を描く絵仏師として活動していました。

30代で活動の拠点を京都に移し、名だたる文化人と交流しました。豊臣秀吉の御用や大寺院の障壁画を手がけ、息子や弟子とともに「長谷川派」を結成して、狩野派に対抗しました。ここまでは、石川県七尾美術館の展覧会「シリーズ30回記念 長谷川等伯展 信春から等伯へのあゆみ」(2026年。国立美術館アートコモンズの紹介)によります。

等伯は、金地に色で描いた大画面も残しています。京都の智積院に伝わる国宝《楓図》は、豊臣秀吉が天正19年(1591)に幼くして亡くなった子・鶴松の菩提を弔うために建てた祥雲禅寺の、客殿を飾った障壁画の一つです(キヤノン「綴プロジェクト」の作品紹介による)。金地に鮮やかな色で描いた《楓図》と、墨だけで描いた《松林図屏風》。同じ画家が、まったく違う表現の大画面を残していることも、等伯の作品を見る楽しみの一つです。

見どころ|近くで見るか、離れて見るかで変わる

東京国立博物館の解説は、この作品を、近づいて見たときと離れて見たときの両方から紹介しています。実物の前でも画像でも、距離を変えて見るのがおすすめです。

近くで見る|迷いなく一気に引いた松の葉

東京国立博物館の解説によれば、近づいて松の葉を見ると、筆の勢いの激しさに思わず後ずさりしそうになるほどです。細やかでありながら、ためらわずに筆を進め、一気に線を引いていることが分かる、とも述べています。

松を描くのに使った筆は、分かっていません。穂先をいくつも重ねた筆、竹の先を細かく砕いたもの、藁(わら)を束ねたものなどが考えられていますが、どれと決まってはいないそうです。

長谷川等伯《松林図屏風》右隻の部分を拡大した図。濃い墨の松の葉が、勢いのある筆の線で描かれている。奥の松は淡い墨で、霧の中にかすんでいる
長谷川等伯《松林図屏風》右隻(部分) 東京国立博物館蔵 国宝/出典:ColBase。ColBase の画像をトリミング

離れて見る|四つほどのまとまりと、風の通り道

少し離れて見ると、印象が変わります。東京国立博物館の解説は、松の幹がまるで能を舞うかのように風に揺られている、と表現しています。

松林は、四つほどの大きなまとまりに分けて描かれ、木々の間を風が通り抜けるように配置されています(同じ解説による)。松を同じ間隔で並べるのではなく、いくつかのまとまりに分けて置いているところに注目すると、解説の言う「風の通り道」が見えてきます。

長谷川等伯《松林図屏風》左隻。霧の中に、濃い墨の松と淡い墨の松がいくつかのまとまりになって立ち、右上の奥には雪山がうっすらと見える
長谷川等伯《松林図屏風》左隻 安土桃山時代・16世紀 紙本墨画 東京国立博物館蔵 国宝/出典:ColBase

霧と光と雪山|墨のグラデーション

東京国立博物館の解説によれば、墨のグラデーション(濃淡の移り変わり)で光の強い所と弱い所を表すことで、霧に包まれた松林を生み出しています。濃い墨の松は手前に立ち、淡い墨の松は霧の奥に沈んで見えます。

霧の晴れ間からは柔らかな光が差し込み、松林の奥には、遠く雪山がのぞいています。解説は、冷たく湿った空気が漂う、とも書いています。季節は冬へ向かう晩秋なのか、それとも雪解けの春なのか。解説もこれを問いかけの形で書いていて、答えは示していません。

松の木の形を細かく写すというより、その場の空気をありありと感じさせるところが、この作品の魅力であり、「日本水墨画の最高峰」といわれる理由だと、東京国立博物館の解説は述べています。また解説は、等伯が、松林という日本の伝統的なモティーフを、中国絵画から学んだ水墨の表現で描いた、と位置づけています。

残る謎|どこの松林か、左右は逆か、下絵か

《松林図屏風》には、研究者の間でも意見が分かれている点がいくつかあります。東京国立博物館の解説が紹介している3つを見てみましょう。

どこの松林を描いたのか

描かれた場所については、等伯の故郷・能登半島の浜辺の松林だという説があります。一方で、古くからの画題である天橋立(あまのはしだて)や、三保(みほ)の松原ではないか、という説もあります。

左右は逆だった?

右隻の右端で切れている松が、左隻の左端に描かれた枝先につながっているように見える、という指摘があります。そこから、もとは左右が逆だったのではないか、という見方があります。

下絵だった?

紙の継ぎ目が横一線につながらないことや、ふつうより粗末な紙を使っていることから、実は下絵だったのではないか、という見方もあります。一方で、それにしてはいい墨を使っている、という意見もあります。

東京国立博物館の解説は、正解はない、としたうえで、見る人それぞれの感性で、じっくり味わってほしいと結んでいます。答えが決まっていないことも、この作品を何度も見たくなる理由の一つかもしれません。

実物を見るには|東京国立博物館で、毎年お正月に

2027年は1月1日〜17日・本館12室

《松林図屏風》は、東京国立博物館の所蔵です。近年は毎年お正月に展示されていて、東京国立博物館の年間の展示予定によると、2027年は1月1日から1月17日まで、本館12室で展示される予定です。お正月の催し「博物館に初もうで」(2027年は1月1日〜24日)と同じ時期にあたります。

これまでの例では、2023年は1月2日〜15日(本館7室)、2026年は1月1日〜12日(本館2室)に展示されました。年によって期間も展示室も変わります。展示期間・展示室・開館時間は変更されることがあるので、出かける前に東京国立博物館の公式サイトで確かめてください。

同じ時期には、本館18室で円山応挙《雪中老松図》(1月1日〜31日)の展示も予定されています。松を描いた絵を見比べてみるのもよいでしょう。

なぜ東博にあるのか|戦後初のコレクション

東京国立博物館の創立150年記念のページ(戦後初のコレクション 国宝「松林図屛風」)によると、新憲法が施行された1947年5月3日、東京帝室博物館は皇室から国に移管され、名称が「国立博物館」となりました。この年に戦後初めて購入された作品の一つが《松林図屏風》で、このページでは「戦後初のコレクション」と紹介されています。

見るコツ|前後に動いて、床と地面を重ねる

東京国立博物館の解説は、この絵を見るコツを一つ教えています。屏風の前に立ったら、少し前後に動いて、絵の中の地面と、自分が立っている床が重なるところを探してみること。そうすると、絵の中の松林に入っていくように感じられる、といいます。

実物の前では、近づいて筆の勢いを、離れて霧の松林を、と距離を変えて見てみてください。

水墨画で試すなら|遠くは淡く、近くは濃く

水墨画を描く立場から見ると、《松林図屏風》には、自分で描くときの手がかりがいくつもあります。ここからは、作品を見たうえでの描き手の視点です。

  • 遠くの松は淡く、手前の松は濃く。濃淡の差だけで、奥行きと空気が生まれます
  • 何も描いていない紙の白が、霧や光として見えます。描かないところも画面の一部です
  • 迷わず一気に引いた線。線の勢いは、運筆の練習を重ねて少しずつ身についていくものです

近景・中景・遠景を墨の濃淡で描き分ける手順は山水画の描き方で、迷わず線を引くための練習は水墨画の運筆 練習方法で紹介しています。

次の動画は、国際墨友会のチャンネルで公開している、小林東雲先生(こばやし とううん)が色紙に墨一色で松林を描く実演です。松は葉のかたまりを先に置き、あとから幹を通しています。後ろの木立は淡い墨、手前の松は濃い墨で描き分けていて、描く順と濃さの差だけで奥行きが出ていく様子が分かります。最後に土手と、笠をかぶった二人の乗る舟を入れて仕上げています。

屏風ではなく色紙に描いた小さな作品で、等伯の描き方を再現したものではありません。墨の濃淡で松林の奥行きを出す、水墨画の一つの例として見てください。

まとめ|距離を変えて見る、墨だけの松林

  • 《松林図屏風》は、長谷川等伯が白い和紙に墨の濃淡だけで霧の中の松林を描いた屏風で、国宝。東京国立博物館が所蔵しています
  • 近くで見ると一気に引いた筆の勢い、離れて見ると風に揺れる松林と霧。距離を変えると見え方が変わります
  • どこの松林か、左右は逆か、下絵かといった謎があり、正解は決まっていません
  • 2027年は1月1日〜17日に、東京国立博物館の本館12室で展示される予定です

霧や光、空気を描いた作品としては、時代も画材も違いますが、明治の日本画家・菱田春草の朦朧体もあわせて読むと、見比べる楽しみが広がります。作家と作品の記事には、83歳の北斎が毎朝描いた獅子の連作葛飾北斎《日新除魔図》もあります。自分でも描いてみたくなったら、道具の選び方から最初の一枚までをまとめたはじめての水墨画から始めてみてください。

よくある質問(FAQ)

松林図屏風はどこで見られますか?

東京国立博物館が所蔵しています。近年は毎年お正月に展示されていて、2027年は1月1日から17日まで、本館12室で展示される予定です(東京国立博物館の年間の展示予定による)。展示期間・展示室・開館時間は変わることがあるので、出かける前に公式サイトで確かめてください。

松林図屏風はいつ描かれましたか?

東京国立博物館は「安土桃山時代・16世紀」としています。

松林図屏風は何で描かれていますか?

紙に墨で描いた紙本墨画です。白い和紙に、墨の濃淡だけで描かれています。松を描いた筆は、穂先をいくつも重ねた筆、竹の先を細かく砕いたもの、藁を束ねたものなどが考えられていますが、明らかになっていません。

どこの松林を描いたのですか?

等伯の故郷・能登半島の浜辺の松林だという説と、天橋立や三保の松原ではないかという説があり、決まっていません。

松林図屏風は下絵だったのですか?

紙の継ぎ目が横一線につながらないことや、ふつうより粗末な紙を使っていることから、下絵だったとみる意見があります。一方で、いい墨を使っているという意見もあり、東京国立博物館の解説は、正解はないとしています。

長谷川等伯はどんな人ですか?

能登国七尾出身の絵師です(1539〜1610)。20代は信春と名乗り、能登で主に仏画を描く絵仏師として活動しました。30代で京都に移り、豊臣秀吉の御用や大寺院の障壁画を手がけ、息子や弟子とともに長谷川派を結成しました。

松林図屏風の大きさはどのくらいですか?

6曲1双(6枚折りの屏風が左右2つで1組)で、右隻・左隻とも縦156.8cm、横356.0cmです。

水墨画で松林を描くにはどうすればいいですか?

遠くの木立を淡い墨、手前の松を濃い墨で描き分けると、濃淡の差だけで奥行きが出ます。この記事で紹介した小林東雲先生の実演動画と、山水画の描き方の記事を参考にしてください。動画は水墨画の例で、等伯の描き方を再現したものではありません。

Jin(神雲)
Jin(神雲)
水墨画家 / Sumi-e Artist

墨絵アーティスト・カリグラファー 西洋カリグラフィーと墨絵を融合させた独自のスタイルを確立し、文字と線、余白が響き合う作品を制作しています。この東西の技法の融合により、文化の境界を越えた新しいアートの可能性を探究しています。 現在は国際墨友会理事として活動し、Art Beyond Boundariesでは審査員特別賞「三田村有純賞」を受賞しました。伝統を大切にしながら、現代に生きる墨絵の表現を世界に向けて発信し続けています。‍