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葛飾北斎《日新除魔図》とは|83歳の北斎が毎朝描いた獅子の日課

葛飾北斎が83歳から毎朝、厄除けの日課として描いた獅子の図《日新除魔図》(九州国立博物館・重要文化財・219枚)を解説。日付入りの3枚の見どころと、淡墨のにじみと濃墨の線など水墨画の視点で紹介します。

2026.10.02
葛飾北斎《日新除魔図》のうち「九月五日」の図。縦の細い線の中を、獅子が頭を下げて歩いている
葛飾北斎《日新除魔図》のうち「九月五日」の図。縦の細い線の中を、獅子が頭を下げて歩いている

葛飾北斎《日新除魔図》(にっしんじょまず)は、北斎が83歳を迎えた天保13年(1842)から翌年にかけて、日々新たに魔を除くことを願い、ほぼ毎朝描いた獅子の図です。九州国立博物館が219枚を所蔵し、重要文化財に指定されています。

北斎は《冨嶽三十六景》などの浮世絵で知られますが、晩年には筆を執って描く肉筆画も多く手がけました。《日新除魔図》は、注文を受けて描いた作品ではありません。北斎が自分の厄除けのために、毎朝の日課として描いたものです。この記事では、水墨画メディアの視点から、その見どころを紹介します。

この記事で分かること。

  • 《日新除魔図》がどんな絵で、なぜ描かれたのか
  • 九州国立博物館の219枚が伝わった経緯
  • 日付が添えられた3枚の図の見どころ
  • 水墨画を描く人が、日々描き続けた記録から受け取れること

 

葛飾北斎《日新除魔図》のうち「八月廿七日」の図。淡い墨でにじませた雲の中を、獅子が身をひねって駆けている

(図:葛飾北斎《日新除魔図》のうち「八月廿七日」 江戸時代・天保13〜14年 紙本墨画 九州国立博物館蔵 重要文化財/出典:ColBase。記事冒頭の画像は、同じ《日新除魔図》のうち「九月五日」の図です)

日新除魔図とは|83歳の北斎が毎朝描いた獅子

《日新除魔図》は、獅子や、獅子にゆかりのある人物などを描いた小さな絵の連作です。小さな和紙に1枚ずつ描かれ、絵には描いた日の日付が添えられています。

北斎の仕事は浮世絵(版画)を中心に語られることが多いのですが、この連作は北斎自身が筆を執った肉筆の墨画です。浮世絵と肉筆画の違いは、葛飾北斎と水墨画の記事で詳しく紹介しています。

基本データ

項目 内容
作品名 日新除魔図(にっしんじょまず)
作者 葛飾北斎
年代 江戸時代・天保13〜14年(1842〜43)
品質形状 紙本墨画
員数 219枚
法量 各 縦13.0〜40.2cm × 横13.5〜40.3cm
所蔵 九州国立博物館(坂本五郎氏寄贈)
指定 重要文化財

基本データは九州国立博物館の収蔵品ギャラリーとColBaseによります。

「日新除魔」の意味|日々新たに魔を除く日課

注文の絵ではなく、画家本人の厄除け

九州国立博物館の解説によれば、北斎は「日新たに魔を除く」ことを願って、ほぼ毎朝、獅子や獅子にゆかりのある人物などを日課として描きました。題名の「日新除魔」は、この願いを表しています。

同館は、注文に応じて制作した作品とは異なり、画家本人が厄除けのために描いた、非常にプライベートな性質の資料である点に高い価値があると説明しています。依頼主に見せることを前提にしない、北斎の毎日の営みがそのまま残った絵だといえます。

絵に添えられた日付(旧暦)

絵には、描いた日の日付が旧暦で記されています。「八月廿七日」「九月五日」のような書き方です。日付を見ると、一枚一枚がある日の朝に描かれたものだと実感できます。

北斎は90歳の長寿を保ちました(ColBase《羅漢図》の解説)。《日新除魔図》は、その晩年、80代前半に描かれた連作です。

219枚が伝わった経緯|宮本家本と九州国立博物館

88歳の北斎が宮本慎助に贈った219枚

小型の獅子図は、国内外のコレクションに点在しています。そのなかで最もまとまった数を持つのが、九州国立博物館の219枚です。

この219枚は、88歳になった北斎が、信州松代藩士の宮本慎助に贈ったものとして知られます。「宮本家本」と呼ばれるこの連作は、平成29年(2017)に九州国立博物館へ寄贈されました(坂本五郎氏寄贈)。

宝珠図と長寿の薬法

ColBase の解説によれば、北斎は宮本氏に贈る際に「宝珠図」と「長寿の薬法」を付け加えました。解説はこれらを、北斎の遊び心をうかがわせる資料として紹介しています。

明治40年の複製『葛飾北斎日新除魔帖』

明治40年(1907)には、『葛飾北斎日新除魔帖』(村山旬吾編・国華社)として複製が刊行されています。この本は国立国会図書館デジタルコレクションで公開されており、日付の添えられた獅子の図を画面で見ることができます。

3枚を見る|八月廿七日・九月五日・極月十二日

ColBase では、219枚のうち3枚の画像が公開されています。日付とともに、1枚ずつ見ていきましょう。

八月廿七日|にじんだ雲の中を駆ける

淡い墨をにじませた雲の中を、獅子が身をひねって駆けています。巻き毛や体の斑は濃い墨で、尾の渦は太い筆で描かれています。画面の左寄りに「八月廿七日」の日付が見えます(冒頭の図)。

九月五日|縦の線の中を歩く

葛飾北斎《日新除魔図》のうち「九月五日」の図。画面いっぱいに引かれた縦の細い線の中を、獅子が頭を下げて歩いている

(図:葛飾北斎《日新除魔図》のうち「九月五日」 九州国立博物館蔵/出典:ColBase)

画面いっぱいに、縦の細い線が何本も引かれています。その中を、獅子が頭を下げて歩いています。縦の線は、降りしきる雨のようにも見えます。毛並みは濃い墨と細かな線で描かれています。

極月十二日|そろばんの前にかがむ

葛飾北斎《日新除魔図》のうち「極月十二日」の図。獅子がそろばんの前にかがみ、左上に書き込みがある

(図:葛飾北斎《日新除魔図》のうち「極月十二日」 九州国立博物館蔵/出典:ColBase)

獅子が、そろばんの前に身をかがめています。「極月(ごくげつ)」は12月の異称です。画面の左上には書き込みがあります。

雲の中を駆ける勇ましい獅子だけでなく、そろばんと向き合う獅子も描かれています。九州国立博物館の解説が「獅子や獅子にゆかりのある人物など」と書くとおり、毎朝の日課の中で、北斎はさまざまな姿を描いていました。

墨の表情を見る|にじみの雲と濃墨の毛並み

ここからは、水墨画を描く立場から、3枚の墨の使い方を見てみます。北斎の意図を示す記録ではなく、画面から読み取れる見どころです。

淡墨のにじみと濃墨の対比

「八月廿七日」の雲は、淡い墨が紙ににじんで、輪郭のはっきりしない形になっています。一方、獅子の巻き毛や体の斑は濃い墨で、くっきりと置かれています。淡く広がる墨と、濃く止まった墨が同じ画面に並ぶことで、獅子の体が雲の中から浮かび上がって見えます。

同じ調子の線を重ねる筆

「九月五日」の縦の線は、似た太さと調子で、画面の上から下へ何本も引かれています。同じ調子の線をそろえて重ねるのは、水墨画の運筆練習でも基本になる動きです。線の練習の方法は、水墨画の運筆 練習方法で紹介しています。

 

もう1点の獅子|金地に墨で描いた《獅子図屏風》

葛飾北斎《獅子図屏風》。金地の四曲屏風に、墨で2頭の獅子が描かれている

(図:葛飾北斎《獅子図屏風》 江戸時代・19世紀 紙本金地墨画 東京国立博物館蔵/出典:ColBase)

北斎は、日課の小さな紙とは別に、金地の屏風にも墨で獅子を描いています。東京国立博物館の《獅子図屏風》(紙本金地墨画・4曲1隻・54.2×97.3cm)です。金地に墨で2頭の獅子が描かれ、左の獅子は体をひねって下を向き、右の獅子は座って上を見上げています。

日課の小さな獅子と見比べると、同じ墨の獅子でも、画面の大きさや地の色によって印象が大きく変わることが分かります。

毎日描くということ|水墨画を学ぶ人へ

《日新除魔図》は、上達のための練習として描かれたものではありません。九州国立博物館の解説が伝えるとおり、日々の厄除けを願う日課でした。

それでも、80代の北斎がほぼ毎朝筆を執り、日付を添えて1枚ずつ描き続けた記録は、水墨画を学ぶ人の励みになります。長い時間をとれない日でも、小さな紙に1枚描いて日付を書いておく。そうして筆と墨に触れる時間を少しずつ重ねることが、線や濃淡の感覚を養う助けになります。

毎日の練習に取り入れやすい線と濃淡の基本は、水墨画の運筆 練習の記事を参考にしてください。

まとめ|日新除魔図の見どころと、実物・画像を見るには

  • 《日新除魔図》は、北斎が83歳を迎えた天保13年(1842)から翌年にかけ、日々新たに魔を除くことを願って、ほぼ毎朝描いた獅子の図です
  • 注文の作品ではなく、北斎本人の厄除けのための日課で、絵には旧暦の日付が添えられています
  • 九州国立博物館の219枚(宮本家本)は最もまとまった数で、重要文化財に指定されています
  • 淡墨のにじみと濃墨の線の対比など、小さな画面に墨の表情が詰まっています

実物は九州国立博物館が所蔵しています。展示は時期によって異なるため、見学の前に同館の情報を確認してください。画像はColBaseで3枚、国立国会図書館デジタルコレクションで明治40年刊の複製画帖を見られます。水墨画・墨絵・日本画といった用語の違いは、水墨画と墨絵の違いで整理しています。

北斎の浮世絵と肉筆画の違いは葛飾北斎と水墨画で、同じく江戸時代の画家による水墨画は伊藤若冲《果蔬涅槃図》で紹介しています。

よくある質問(FAQ)

日新除魔図とは何ですか?

北斎が83歳を迎えた天保13年(1842)から翌年にかけて、日々新たに魔を除くことを願い、ほぼ毎朝の日課として描いた獅子の図です。九州国立博物館が219枚を所蔵し、重要文化財に指定されています。

日新除魔図はどう読みますか?

「にっしんじょまず」と読みます。「日新たに魔を除く」という願いが題名になっています。

なぜ北斎は毎朝獅子を描いたのですか?

九州国立博物館の解説では、日々新たに魔を除くことを願った厄除けの日課とされています。注文を受けて描いた作品ではなく、北斎自身のための私的なものです。

日新除魔図は何枚ありますか?

小型の獅子図は国内外のコレクションに点在しています。そのなかで最もまとまった数を持つのが、九州国立博物館の219枚です。

九州国立博物館の日新除魔図はどこから来たのですか?

88歳になった北斎が、信州松代藩士の宮本慎助に贈ったものとして知られ、「宮本家本」と呼ばれます。平成29年(2017)に九州国立博物館へ寄贈されました。

絵に書かれている日付は何ですか?

描いた日の日付で、旧暦で記されています。たとえば「八月廿七日」「九月五日」「極月十二日」などです。極月は12月の異称です。

日新除魔図はどこで見られますか?

九州国立博物館が所蔵しています。展示は時期によって異なるため、同館の情報を確認してください。画像は ColBase で3枚、国立国会図書館デジタルコレクションで明治40年(1907)刊の複製画帖を見られます。

水墨画を学ぶ人は日新除魔図のどこを見るとよいですか?

淡い墨でにじませた雲と、濃い墨で描いた獅子の毛並みの対比や、同じ調子の線を何本も重ねる筆の運びが見どころです。日付を添えて日々描き続けた記録であることも、描く人の励みになります。

Jin(神雲)
Jin(神雲)
水墨画家 / Sumi-e Artist

墨絵アーティスト・カリグラファー 西洋カリグラフィーと墨絵を融合させた独自のスタイルを確立し、文字と線、余白が響き合う作品を制作しています。この東西の技法の融合により、文化の境界を越えた新しいアートの可能性を探究しています。 現在は国際墨友会理事として活動し、Art Beyond Boundariesでは審査員特別賞「三田村有純賞」を受賞しました。伝統を大切にしながら、現代に生きる墨絵の表現を世界に向けて発信し続けています。‍